庭野平和財団公開シンポジウム 「若者の貧困問題」~包摂か排除か、現場からの声~

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庭野平和財団は、平成28年3月19日、東京・中野区の立正佼成会付属佼成図書館視聴覚ホールで公開シンポジウムを開催いたしました。以下に、当日の基調講演とパネルディスカッションの要旨を掲載いたします。

シンポジウムの要旨はこちら

基調講演(要旨) 青砥 恭(あおとやすし)(NPO法人 さいたまユースサポートネット代表)

ぼくは高校の元教師で現在は明治大学で講師をしていますが、2011年に教え子たちとともに「さいたまユースサポートネット」というNPO法人を立ち上げ、活動を続けています。活動の内容は、一つは生活保護世帯と一人親世帯を対象とした、中学生と高校生への学習支援授業です。毎日、月曜日から金曜日まで、さいたま市内の10教室で授業を行っています。生徒数は約400人で、学生たちが先生役を務めています。

 

また、さいたま市の大宮駅前に、さいたま市の支援で設立された民営施設「若者自立支援ルーム」を運営しています。ここにも、毎日、中学生から30代までの若者たち約30人が集まってきます。彼らは、居場所や行き場所のない、社会から孤立した若者たちです。不登校の中高生、生活保護を受けている若者、離婚した若者、元ホームレスの若者、精神障害を抱えている若者などを対象に、自立のための支援をしています。

 

さらに、社会性を獲得するためのプログラムとして、JR大宮駅前の桜木町2丁目自治会が行う運動会や夏祭り、ソフトボール大会や餅つき大会といった行事に若者とともに参加しています。これは、地域住民との交流をとおして社会性を身につけ、生きていく力を育てるための活動です。もう一つ、毎週土曜日、さいたま市内のJR与野駅の近くにある会館でボランティア活動をしています。ここは若者たちの居場所であり、たまり場です。勉強だけでなく、時事問題などのテーマを自由に設定して若者たちと議論しています。

 

今日は時間の制約もあるので、最近の若者に関する具体的な事例とデータをとおして、お話をしたいと思います。まず、最近、起きた若者に関する象徴的な事件として、川崎、千葉、呉、川口で起きた事件を思い起こしていただきたいと思います。

 

川崎の事件は、島根県の隠岐の島から神奈川県の川崎に帰ってきた中学1年生、13歳の男の子が同年代の少年たちに惨殺された事件です。これは、去年2月、真冬の多摩川で起きた事件で、皆さん、まだ記憶に新しいと思います。その2ヵ月後の5月、千葉県で、高校時代、同級生だった女の子が、同居していた女の子を成田空港の隣の畑で生きたまま埋めて殺すという事件が起きました。広島県呉市の事件は、その1年前の事件ですが、これも16歳の女の子が、同居していた、もう一人の女性を殺すという事件でした。さらに、埼玉県川口市の事件は、十代の男の子が、お母さんの指示で、お金を取るために自分のおじいちゃんとおばあちゃんを殺したという事件です。

 

これらの事件の背景にあるのは、貧困、家族による暴力・虐待、親の子育て放棄など、さまざまです。しかし、どの事件にも共通しているのは、子どもたちが学校に行っていなかったことです。そして、学校も教育委員会も児童相談所も、彼らの実態を把握せず、保護もしていませんでした。日本は法治国家ですから、本来なら彼らを保護しなければいけない。しかし、行政はもちろん、社会全体がそれをしていなかった。ぼくは、これは社会の責任だと認識しています。

 

これらの事件を起こした子どもたちは、実は、みんな高校を中途退学しています。いまの日本社会では、いったん学校を中途退学すると、孤立状態に陥ります。学校は中途退学した子どもについて情報を一切もっていません。高校を中退する子どもたちは、現在、約10パーセント、1年間で約20万人近くにのぼります。

 

実は、日本の若者の貧困問題のコアは中途退学の問題なのです。中途退学の結果、子どもたちは、仕事にも就けず、いつまでたっても社会性を獲得できません。社会とつながりをもたないまま、居場所を失って、どこにも行き場所がなくなってしまうのです。

 

高齢社会を支える経済基盤を生産年齢人口という観点から見ると、2010年には3人が1人のお年寄りを支えていました。ところが、いま20代の若者が50代になったとき、つまり約30年後の2040年代には、1・5人が1人を支えることになります。そして、その若者自身が高齢化する2050年~2070年には、その比率は1対1になります。こういう社会が、はたして健全な社会として成り立つのでしょうか。

 

いまの若者は、かつてのように、学校を出たあと、就職し、結婚して、人生を楽しむ、ということが想像さえできない状態に置かれています。我々は、なんと過酷な社会を若者たちに残してしまったのか、と胸が痛みます。このままでは社会そのものが、いずれ崩壊してしまうのではないか、と危惧しています。

 

日本の若者の自殺率は1990年代には先進諸国の中で最低でした。しかし、2010年にはトップになっています。ちなみに、二位は韓国です。なぜ、こうなってしまったのか。これは、若者たちが終わりなき競争の中で生きていかなければいけないからです。

 

広島県の中学校で3年生の生徒が自殺しました。あの子はなぜ死ななければならなかったのか。2年前に万引きをしたために私立高校に入る専願の許可をもらえなくて、絶望のあまり自殺する。しかし、中学1年生の1回の万引きを中3で問うなんてナンセンスではないでしょうか。子どもは、いろいろ失敗するものです。1回の過失を3年間も問い続ける、いまの日本社会の風潮や学校の中の空気が、子どもたちにとって、あまりにも過酷な気がします。もっと寛容な社会になってもいいのではないか、と痛感します。

 

いまの日本の学校では、たくさんの生徒が途中で挫折しています。中学で長期欠席になる子は、経済的な理由だけでなく、病気、不登校などの理由も入れると17万人もいます。しかし、実際には20万人ともいわれています。その根底にある問題は、終わりが見えない競争社会の問題です。

 

学校へ行っても授業の内容がわからないという学力の低い子がたくさんいます。先生が何を言っているのか理解できない、高校に進学してもアルファベットや九九や分数がわからない子もいます。学校で他の生徒が受験のための勉強をしている時間に、その子たちはどうすればいいのでしょうか。そういう毎日が続けば、当然、学校に行きたくなくなります。しかも、お金がない子は、みんなと同じように部活動もできません。給食費を払えない、修学旅行に行けないという子もいます。若者の貧困問題というのは、自分はみんなと同じように生きられない、同じように暮らしていけないという問題なのです。

 

中学では長欠や不登校の問題があり、高校では中途退学の問題があります。毎年、7、8パーセント~10パーセントの生徒が高校をやめていきます。その子たちは、やめたあと、どうするんでしょうか。進路未決定の問題もあります。高校を出ました、大学を出ました、しかし進路がない、という子どもたち。社会的に何の基盤もない、何の仕事にも就かない子たちが1割以上もいるのです。大学を出ていても、進路未決定の若者がいます。

 

中退組の最大の理由は、経済的理由です。お金が続かないということです。こういう子たちを社会的に支援し、生きる力をつけさせ、働き場所が見つかるまで応援するのが、ぼくらの仕事ですが、本当は、これは国が支援しなければならない問題です。しかし、国の政策はこういう子たちを対象としていません。これほど、しんどい思いで生きている子どもたちが、この国には6~7人に1人の割合でいるのです。

 

貧困の連鎖と格差が大きな問題になっています。格差を埋めるのは容易ではありません。しかし、問題を放置せず、国も社会も、みんなが努力することによって格差を少しずつ埋めることができるのではないか、少しでも努力していこう、少なくとも格差を放置しない、という思いで、ぼくらは貧困層の子どもに学習支援や就労支援をしたり、居場所を提供したりしています。

 

そのほかにも、子どもの貧困と若年労働者の非正規雇用問題の関連性、大都市と地方の地域間格差、富裕層と貧困層の学力格差の問題など、子どもたちを取り巻く過酷な問題は多数あります。これから我々はどうしていったらいいのか。パネルディスカッションの中で皆さんとともに話し合っていきたいと思います。

 

パネルディスカッション(要旨)

コーディネーター
稲葉剛(いなばつよし)(認定NPO法人 自立生活サポートセンター・もやい理事)

パネリスト
青砥恭(NPO法人 さいたまユースサポートネット代表)
三家本里実(みかもとさとみ)(NPO法人 POSSE)
樋田敦子(ひだあつこ)(フリーライター)

 

稲葉 基調講演では、これまでの日本社会にあった、学校から仕事への移行システムが崩壊しつつあることをご説明いただきました。そこで、まず、若者の労働問題に取り組んでいらっしゃる「NPO法人 POSSE」の三家本さんに、若者たちの労働環境が、いま、どうなっているかをお話しいただきたいと思います。


三家本 まず、「POSSE」がどういう活動をしているかを紹介しながら、私たちがブラック企業問題やブラックバイト問題にどう取り組んでいるかをお話しさせていただきます。「POSSE」は2006年に立ち上げられたNPO法人で、若い人からの労働相談や生活相談を受けつけていますが、メインは労働相談で、毎日、メールや電話で、年間、約1500~2000件の相談を受けています。相談の内容は、たとえば、「職場で、おまえは、もう要らないと言われたけど、どうしたらいいでしょうか」とか、「残業代が支払われないので生活がきつい」というように、いろいろな相談が寄せられます。

それに対して、まず私たちは、相談の内容が法律的に違法状態であるかどうかを線引きする形で、法律を使って解決できる問題と、そうでない問題を区別し、それぞれの解決のための機関を紹介しています。具体的な解決策としては、労働基準監督署に一緒に相談に行ったり、労働組合を紹介したり、中には裁判に訴えたいという人もいるので、弁護士を紹介するなど労働審判や裁判へのサポートもしています。

ブラック企業という言葉は、もともと若者の間からネット上に出てきた言葉ですが、「ブラック企業とは、こういう問題だ」ということを整理して、「POSSE」が社会に発信したことで、厚生労働省が調査に乗り出したり、いろいろな対策を講じるようになったのは、やはり私たちが社会問題として訴えてきた成果かなと思っています。

なぜ、これが社会問題かというと、たとえば、大学を卒業し、22、23歳で会社に入って数ヶ月しか働いていない方から、「仕事がきつくて、もう続けられない」とか「解雇されてしまった」と、4月~6月の段階で相談が来るのです。数ヶ月で仕事を辞めると、当然、貯金もないし、両親に頼りたくても頼れない人もいる。そこで、私たちのところへ相談に来て、若くても生活保護を受けざるを得ない人も出てくるわけです。

たとえ仕事を辞めなくても、何らかの疾患を患う方も多く、毎日、パワハラを受けたり、長時間労働のために心臓や脳に疾患を抱えたり、うつ病になる方もいます。当然、病院で治療を受けなければいけませんが、医療費がかかる、でも、お金がない、行けない、ということになって、自分の人生設計を考えるどころでなくなってしまうのです。

ブラック企業の問題では、「そんな会社は早く辞めたらいいじゃないか」とよく言われます。しかし、辞められないのです。辞めさせてくれないという直接的な問題のほかに、生活の糧を失ってしまうので容易に辞められない、という問題があります。こういう包括的な問題として社会問題なのだ、と我々は訴えてきたということです。

ブラック企業は基本的に若い正社員の方の問題ですが、ブラックバイトの問題は、高校生や大学生のアルバイトまでがブラック化している、ということです。学生の中には、自分で学費や生活費を捻出するために働かなければならない人が増えています。お小遣い稼ぎどころか、ほぼフルタイムで働かなければ生活費がまかなえない方も多いのです。

そのアルバイトで違法行為に直面しても、なかなか辞められなくて、ブラック企業の問題とほとんど同じことが起きているわけです。「テストがあるので休みたい」と言ったら、「そんな勝手なことは許せない」と言われて、テストを受けられず、単位を落としてしまった、という学生さえいます。
こうしたブラック企業やブラックバイトの問題に、法律で対抗して、企業に法律を守らせ、働くことの意味や正しい社会のあり方を学んでいくことは、若者たちにとって非常に貴重な経験になると思っています。


稲葉 非正規雇用の人たちの問題とブラック企業における正社員の問題は基本的に表裏一体の問題だ、と私は感じています。学生たちが「なんとしても正社員に」という意識で就職活動に臨むのに対し、企業はその足元を見る形で、正社員として採用したうえで使いつぶす、という構造が生まれていると思います。次に、若年女性の貧困状況についてフリーライターの樋田敦子さんからお話をいただきたいと思います。


樋田 私は元新聞記者ですが、フリーになって仕事を始めたとき、多重債務を抱えて、毎月、サラ金に追われている主婦の取材をしました。そこで初めて、いまの日本社会に貧困の問題があることを知り、その後、女性の貧困問題について取材を続けています。

実は、貧困は私たちとも無縁の問題ではなく、ほんの些細なことで、だれでも生活困窮に陥る可能性があるのです。特に女性の場合、学校を卒業して、就職し、結婚する。その過程で、離婚があるかもしれない、妊娠もあるかもしれない、介護もあるかもしれない。そういう節目に、容易に生活困窮に陥ってしまうことがあるのです。

私が取材した30代前半のある女性は、非正規で働いていて、手取りは約13~15万、残業代はつかない、という方でしたが、突然、乳がんになってしまった。費用をどう工面するか。生命保険金や高度医療の補填などもありますが、乳がんは完治するまでに10年かかります。精神的な問題も抱え、いつまでお金が続くか。かなり困窮していました。

奨学金の問題もあります。奨学金とはローンなんですね。家や車は、ローンが払えなければ売ればいい。しかし、奨学金は売れるものではないし、手取り約10万円の女性が毎月2万円も払うのは大変なことで、それだけで貧困に陥ってしまう例もあります。

また、熊本県に「こうのとりゆりかご」、通称「赤ちゃんポスト」と呼ばれるものがあります。貧困で子どもを育てられない人がポストに赤ちゃんを預けていきます。その一方、望まない妊娠で赤ちゃんを産み落として遺棄した、という事件もよくあります。これは、いろいろな自治体で起こっています。そのため病院側が、望まない妊娠をした人にSOSを発してもらい、それを受け止めるシステムをつくろうとする動きもあります。

望まない妊娠の裏には、やはり貧困問題があります。貧困だから、毎月の検診にも行かない。突然、病院に行って出産というケースもあります。産んだあとの子どもへの虐待の問題もあります。女性の妊娠、出産に関わる問題は多様で、シングルマザーの問題なども含め、産む側と育てる側を分離しないと、子どもたちへの貧困の連鎖にもつながりかねません。その意味で、里親制度や養子縁組制度の促進も必要だと思います。

目下、待機児童の問題が話題になっていますが、あれも保育所の問題を放置した結果で、女性の貧困問題もこのまま放置していったら、どうなるかと危惧しています。これから、どうしていったらいいかは、また、あとでお話ししますが、貧困はだれでも陥る可能性がある問題だということを、まず認識していただきたいと思います。


稲葉 産む側と育てる側の分離が大切というお話でした。いままでの私たちの社会のシステムは、子どもの問題は親に任せておけばいい、家庭と学校と職場の三つに丸投げしておけば子どもは育っていくものだ、という形で社会が成り立っていたと思います。しかし、現実はそうでなくなってきている。そこで、今後、必要とされる取り組みは、どのようなものか、ご意見をいただきたいと思います。


三家本 ブラック企業とブラックバイトの問題に取り組んでいる立場としては、1件、1件の事件を解決することで社会を変えていくことが大事だと思っています。法律に反することをしたら、労働者が声を挙げることを企業にわからせないといけないと思います。

私たちは出張授業という形で、高校や大学に行って「労働者教育」という授業をさせていただいています。授業では、労働法について説明をしたり、法律に反することには声を挙げる必要があることを訴えています。また、記者会見などをして問題解決や成果の事例を発表し、メディアを使ってアピールしたり、『ブラック企業』という本を出版したりしています。社会問題として世に問うことで、政府や行政が対策に乗り出し、法律を変えていく。その材料となるような「事件化」が今後も必要だと思っています。


樋田 貧困は、お金の問題だけではないと思うんですね。孤立化したり、人とのつながりを失ったりすることも貧困だと思います。そこで、NPOなど各方面の関係者が連絡を取り合って、お互いに、つながり合うことが必要だと思います。いま、フードバンクが各地にできていて、自治体が生活困窮者に食料を配布するなど、いろいろな状況が生まれてきています。そういうことを周知することも必要ですし、貧困に苦しむ人同士がつながり合い、助け合う場をつくることも必要だと思います。その意味で、学校と職場と家庭以外の居場所、第三の場を増やしていくことが大切だと思います。


稲葉 やはり、情報を発信していく。特に貧困状態にある方は日々の生活に精いっぱいで、ネット上にもいろいろな情報はあるのかもしれませんが、関係者がネット以外にも情報を発信し、つながり合いの場を増やしていくことが大切ですね。最後に、今後、求められる取り組みについて、青砥先生からコメントをいただきたいと思います。


青砥 今後の課題は、学校以外の外部資源が、他と連携して、どのように地域社会の中に子どもや若者たちを支えるネットワークをつくっていくかだと思います。そして、ただネットワークをつくるだけでなく、子どもたちや若者たちには居場所が絶対に必要なので、学校の外に居場所をつくらないといけない。それが、いまの社会の課題だと思います。

最近、子ども食堂が全国的に広がりつつありますが、これも食堂という居場所です。ささやかな居場所であっても、多様な人々が集まれる新しいコミュニティーづくりが必要だと思います。そこで、いろいろな人が知恵を出し合って協力し合えたらいいと思います。


稲葉 多様な人々が集まれる場所づくり、地域づくりが急務というのが本日のシンポジウムの結論かと思います。ありがとうございました。