石井研士・國學院大學教授

はじめに「「家族の変容」は宗教にどのような影響を与えているか」

最初のタイトルは、本シンポジウムのタイトルである「家族と宗教」です。もう少し詳しく言いますと、家族が壊れて単身世帯が中心の社会になっていくと宗教性は希薄化するんじゃないか、という推測をしています。最初にお示ししたのは、民俗学者として大変著名な、祖先崇拝をやる方は必ず読む、竹田聴州(たけだ・ちょうしゅう)さんの『日本人の「家」と宗教』という本の一節です。全部読むと時間が掛かりますので、最後の三行目の一番右側からですね、「家永続の規範は、この先祖の祭を絶やさないことのなかに集中的に現れる。この意味において、家は必然的に一定の宗教性を内在させる」と。祖先崇拝を前提にして家の宗教性を強く指摘しているわけですね。私は、この文章を読んだ当時から全くピンときませんでした。私は昭和29年に東京で生まれて東京で育ちまして、高度経済成長期に子どもの時代を過ごしているわけですよね。家が宗教的だっていうのが、大学になって本を読んで、全くピンとこなかったんですね。家には別に神棚もなかったし仏壇もなかった。親は、お盆・お彼岸・お正月にお墓参りに行くわけですが、小さい頃は私も付いて行きましたけれども、少し大きくなると特別な理由があったわけではありませんが、行かなくなりました。ところが民俗学の文献を中心に見ますと、家の中に大黒様があるとか、炊事場には火伏せの神様が祀られているとか。そういうことを読んでも、そうなのかなあという程度でした。社会が変っていく中で、考え直さなくちゃいけない問題だということ強く思うようになっております。

家族社会学の主要テーマ返還 日本の人口の推移

この表の上の部分は、家族社会学の山田昌弘さんの本からの引用です。山田さんはざっくり十年ごとに家族社会学のテーマが変わったんだという言い方をされています。1960年代は核家族化が問題になったと。それで70年代には離婚の増加。で、1980年代以降は出生率の低下と晩婚化なんだ、という言い方をしております。近年は結婚式の崩壊のようなことも指摘しています。核家族化はその後進みましたけれども、ある段階から核家族ではなくて、単身世帯が一番多い世帯構成になっています。70年代に問題になった離婚の増加は、その後、落ち着きを見せ、先進諸国では離婚率は最低になっています。出生率の低下は現在まで続いていて、人口減少の問題に大きく関わっているわけです。その原因の一つが晩婚化だ、と言われるわけですね。

その下は厚生労働省のデータなんですが、日本の人口の推移です。最近テレビ等でよく見るんじゃないでしょうか。ちょっとデータが古いんですけれども、予測値が入っていたので使っております。縦の棒線は年代です。15歳以下の人口と、一番上のピンク色が65歳以上の人口で、間の15歳から64歳が生産年齢人口と言われるものです。15才以下の人口はどんどん減ってきていて、高齢者は益々増えると。労働人口の縮小は、大きな国の問題になっています。

人口ピラミッド

人口ピラミッドもご覧に入れるとこんなふうですね。左上の図は昭和25年、1950年代の人口ピラミッドです。ある意味健全な形をしているわけですが、2020年のものは右上の図ですね。そうして下の図が2045年の推計人口ですけども、完全に後期高齢者に近い方々のところが圧倒的に増えているということで、益々高齢化は進む予測です。一方で、若年齢層の領域は縮むばかりで、少ない若年層で多くの高齢者を支えなくちゃいけない。益々介護保険料は上がるだろうし、税の負担が大きくなるんじゃないかということが予想されます。

出生数及び死亡数の将来推計

これも全体を把握するための図ですが、「出生数及び死亡数の将来推計」になります。現在2023年ですから、この表が作成された時よりも少し後になります。ちょうどよいデータがなかったのでこの推計値を使っております。死亡者数は益々増えて、160万人を超える年がもうすぐやって来ます。いわゆる団塊の世代が亡くなり始める頃ですね。最頻死値っていう言い方があるそうで、平均年齢、平均寿命ではなくて、最も亡くなる人の多い年齢というのがあるんだそうです。女性の場合は93歳、男性は83歳だったでしょうか。今、団塊の世代は75歳を超えておりますので、2035年ぐらいがピークになるんじゃないかと言われております。それから出生数の方は下がりに下がって、現在は80万人を切っている、79万5千何人でしたか。ほぼこれ予想されていることで、今頃あわてて少子化対策やったって遅いと私は思っておりますけども。子どもさんの数が80万人ということは、あと十数年、二十年弱経ちますと、大学に入る歳になるわけです。80万人で、高校から大学への進学率っていうのは55%ぐらい、よくて60%として48万人しかいなくなるのは、大学関係者にしたら愕然とする数値だと思いますね。益々これから閉学する大学、あるいは合併とか吸収とかが起こるかと予想しております。今、亡くなる方が130万人を超えていて、生まれる方が80万ですから、一年間に50万人ずつ減っていきます。

出生数、合計特殊出生率の推移

これもよく見る図です。出生数の変化ですね。政府は今この合計特殊出生率という、平均して一人何人生むかっていう数値を上げたいと言っておりますけれども、これが上がっても、実際に人口が増えるわけではないですよね。人口置換率という数字が分かっていまして、2.07です。女性が一人平均して2.07人産まないと、人口は減少するということです。合計特殊出生率が1.36とか1.5になったとしても、とても人口は増えない状況ですね。ましてや、日本の場合には子どもを産む女性の年齢は、20代、30代が9割以上ということになっていますので、その20代、30代の女性の数が減ってきて、合計特殊出生率が多少改善しても、子どもの数はもう増えないということですね。

65歳以上の者のいる世帯及び構成割合

これからが私が直接関係するところなんですけれども、上図は65歳以上の者のいる世帯数及び構成割合です。明らかに高齢者のいる世帯数が増えています。注目すべきは、ピンク色の部分なんです。ピンク色が単独世帯になります。表の数値は令和元年のものなので、単独世帯よりも夫婦のみの世帯の方が多くなっているんですが、直近のデータでは、単独世帯の方が多くなっています。一方で、親と未婚のみ、それとグリーンぽい色の三世代世帯は、もう1割を切っている。我々のどこかに、おじいちゃんおばあちゃん、お父さんお母さん、子どものいる世帯というのは望ましいという考えを持ってらっしゃる方、あるいは理想というのがあるんだと思いますが、もうそれは世帯割合で言うとこの程度しかいない、ということです。今は、高齢者でも単身世帯が最大になってきているということですね。

世帯構造別にみた世帯数の構成割合の年次推移

この図は全世帯構成別に見た世帯構成割合の変化です。左側の1番が単身世帯になります。それからこの一番多かったブルーですね、これが夫婦と未婚の子のみの世帯、いわゆる核家族ですが、令和元年ですら、単身世帯の方が多くなっている。今後益々増えるでしょう。核家族は減りつつあるということですね。

単身者の儀礼文化の衰退

私がお話をしたいのはこういうことです。「単身者の儀礼文化の衰退」ですね。恐らく儀礼文化、日本人の宗教性というのは、教団に入っているから維持されてるわけではなくて、我々の通過儀礼、年中行事をすることによって維持されてきた。宮家 準(みやけ・ひとし)先生をはじめ、生活の中の宗教という言われ方をしていますけども、私もそうだと思います。日常生活の中で、様々な年中行事や通過儀礼のときに宗教団体と関わることで、我々の宗教性というものは発露されてきたと思うわけですね。ところが、その場合の儀礼文化というのは家を背景にしている。つまり、結婚をしていて子どもさんがいる家を前提にして様々な行事が行われてきた、儀礼文化が行われてきたと思うわけです。あるいは、そういった家を前提にしながら地域社会と関わってきたと思うわけですが、今はその家が変容し、もう、夫婦であるとか、あるいは子どもさんがいる家庭を前提にできない。単身者が増加してきているので、儀礼文化は衰退しているのではないかと予想を立てているわけです。この図は、宮本由貴子さんという第一生命経済研究所の方が行った世論調査なんです。年中行事の実施割合ですが、右側が女性、左側が男性です。まず、女性の方が明らかにやっている割合は高そうです。男性はあまり年中行事に興味はないのかなと。一番実施率の高い誕生日ですら50%いかないということですね。しかもこの調査結果は、年代別、世代別になっているんですが、20代、30代は単身者が多い。40代は結婚されている方々が多くになるんですけれども、見ていただくと誕生日とか、正月とかは、20代、30代の方が実施率が高いんです。一方で、年配の方の方が多いのは、お盆、お彼岸とか、お歳暮とかお中元とか、家に関わるような儀礼は高いということになっています。ですからこれでいくと、単身者の方も儀礼は一生懸命やってる部分はあるようです。

年中行事の実施状況(子どもの有無別)

次に、「年中行事の実施状況(子どもの有無別)」のデータをご覧に入れます。そうすると、誕生日、正月、クリスマスで見ると、子どもさんがいる、子どもさんがいない、結婚している・していないでは分けてありませんので、子どもさんがいる家庭は、こういった行事には圧倒的に熱心ですね。当然小さい子がいるような、端午の節句とか、桃の節句とか、こうした行事の実施率は高い、誕生日もお正月もクリスマスも高いということで、家族が形成されているかどうかが一つ大きなポイントになっているのではないでしょうか。

家族構成別の実施内容(正月行事)

「家族構成別の実施内容」ですけれども、これはちょっとデータが怪しいインターネット調査です。と言うのは、母集団がどうやって選択されたかということが分からないのですね。だから参考資料として扱うしかないのですけども。インターネット調査に応募してくれた方に何かの見返りを与えながら、回答してもらったというものですね。ただ、この調査でくっきり出るのは、一人暮らしの方の低さですね。水色の部分が「何もしない」なんですが、一人暮らしの場合には、例えばお正月行事でも、何もしない方が4割を超えています。それから、夫婦二人の場合はまだいいのですけども、2世代で親と同居という、ある年配以上の子どもさんと親の世帯は実施率が低くなっている。2世代子供と同居、小さな子どもさんがいる親御さん、それから三世代同居の場合には実施率が高いということが分かります。一人暮らしの方がお正月でも、4割を超える方が何もしないと答えているのはショッキングですね。それから今度はクリスマスです。同じデータを使ってクリスマスを見ますと、ひとり暮らしの方は5割を超えて何もしないと。「クリぼっち」という言葉が数年前からできてますが、何もしない。年末年始はアルバイトとか、どこかへ旅行に行ってるという方が最近増えたという話がありますけども、そういったことを裏付けるようなデータだというふうに思います。

「ぼっち」の行事実施の実情

若い人の単身者ですね、この人たちは一体どういう行事をしているのかというのが気になっていろいろ資料をあたったんですが、それらしい世論調査、アンケート調査は見つかりませんでした。そこで、仕方がないので今ご覧に入れたようなデータの他に何か書かれたものがないのかを探しました。最近「ぼっち」の存在感を強調するような本が沢山出ております。つまり一人で焼き肉を食べに行っても、一人で居酒屋へ行って飲んでも、何が悪いんだっていう、そういう開き直った時代のようです。今はもう「ぼっち」は普通になりましたけども、『「ぼっち」の歩き方』はそういったものの先駆けで、朝井麻由美さんという方が2016年に書いた本です。ご自分でネットに記事を書いていたのが好評で本になったというものです。朝井麻由美さんはコラムニストの泉 麻人(いずみ・あさと)さんのお嬢さんですね。当時28歳です。この本は、一人でやるのはタブーだと言われていたものに果敢に挑戦をするという本です。いろんなことをやっていますが、私が関係する年中行事では、儀礼として、ウエディング、豆まき、それから、クリスマスの三項目がありました。例えばウエディングドレスを着てみたいというのを、ウエディングフェアに突入して自分も着てみたと。全然一人でも着られるじゃないか、という内容なんです。ウエディングフェアに一人で行kことはそれほど不思議な行為でありありませんから、全然オーケーなんですけども。下の写真は一人豆まきです。自分で豆をまいて、今度は自分が鬼になって豆をまかれてみたと。一人でもできるだろうっていう、そういう内容なのですけども。残念ながらこの『「ぼっち」の歩き方』からは、年中行事とか通過儀礼の意味というようなものはほとんど感じられませんでした。二人以上じゃないとできない、家族じゃないとできないということを、一人でもできるだろうと思ってやってみた、という内容になっています。朝井麻由美さんはこのあともソロ活動に関する本を書いて(『ソロ活女子のススメ』)、それが、テレビドラマになったりして、話題を集めたということですね。今第2シリーズが流れているようですね。

読売新聞ひとり暮らしのページ

もうちょっと年配者の方がいらっしゃらないかなと思ってあれこれ探したのですけども、年配者の「ぼっち」、50代、60代の「ぼっち」の本は結構あったのです。あったのですけれども、年中行事が書かれているものはほとんどありませんでした。本当にちょっと驚きましたけどもないんですね。そういう中で見つけたのがこの本です。『読売新聞「シングルスタイル」編集長は、独身・ひとり暮らしのページをつくっています。』という。この作者は、森川さん(森川 暁子 もりかわ・あきこ)という単身者で新聞社に勤めている。「シングルスタイル」というコラムを担当していて、寄せられた記事を集めて本にしたわけです。内容が良く分かるので書き抜いてみました。この文章は、本で書かれた記事をネットに要約して載せてあるものを引用したものです。「高齢の母がいる大阪の実家に帰省するのをあきらめたので、正月は東京で、ひとりで過ごすことになった。言うまでもなく、新型コロナウイルスの感染を広げるのが怖いからだ。正月はガチでひとり。今年、そんなシングルは多いんじゃないだろうか。・・・ひと昔前を思い起こしてみれば、ひとりで過ごしやすい世の中になったものだと思う。ひとり客向けの焼き肉店もあるし、『ひとりでカラオケ』という楽しみ方も広がった、女性ひとりで旅行に出かけても『何かあったんですか』などと不審がられたりはもう、しないだろう。『ひとりでいるのが好きなんです』と公言する人も珍しくなくなった。実際、未婚の人、単身で暮らす人が増えたのだから、当たり前といえば当たり前かもしれない。しかも、新型コロナウイルスの感染が広がり初めてからというもの、どこでも人との距離を取ることを期待されるようになり、単独で行動する人が周りから浮かなくなった。・・・ひとりに優しくなった世の中が、がぜん家族モードになるシーズンがある。年末年始だ。正月は家族で過ごす時間だ、と一般には考えられていて、ひとり者にとっては、少し難しい季節といえる。にわかに実家に合流して正月を迎えるシングルは少なくない。私もだいたい、そうしている」と。正月は家族で迎える時間だということで、単身者の方々はある意味肩身の狭い思いをしているという内容になっているんです。親が帰って来いって言うし、自分も帰ろうと思って実家へ帰ります。しかし男の兄弟が嫁さんと子どもを連れて帰ってくる。それには会いたくないなあということで、日にちをずらして実家へ帰ることを選択している。まだ結婚はしないのとか、なぜとか言われるのが大変つらい、という内容なんですね。

まとめ「「家族の変容」は宗教にどのような影響を与えているか」

「家族の変容」は宗教にどのような影響を与えているのかを、何点かにまとめておきました。「家」を背景に成立していた祖先崇拝は、明らかに希薄になっております。今日はこののちお話しいただく先生方の中にも、この問題を扱ってらっしゃる先生方が複数いらっしゃいます。

神棚と仏壇の保有

「家」の宗教性を表す神棚や仏壇は減少しています。こういうデータなんです。左側はNHKが1981年に行った調査結果ですね。右側は庭野平和財団が2019年に行った調査の結果です。面積比でパーセントを表記してあります。そうすると1981年の場合には神棚・仏壇の両方ある家庭が45%あったのが、38年後には、両方なしが40%で両方あるが26%っていうことで、ほぼほぼ逆転をしてしまっています。特に、神棚のみあるという回答が益々減ってきています。

未成年の子どものいる「家族」は年中行事や通過儀礼を盛んに行っている。確かに近年、子どもさんが生まれると、行事、すごく多いです。「お食い初め」から、初宮から、ハーフバースデーから、一歳の誕生日から、その前に、端午の節句とか、雛祭りがやってきますから、非常にたくさん儀礼があるのを順番にこなしていくわけです。しかも、両親と同居していないので、ネットや本の情報ですることになっているようです。しかし子どものいる家族は先ほどご覧になったように、減少しています。現在は「核家族」ではなく単身世帯が最も多く、今後も増加することが予想されている。単身世帯は、20代30代の若年未婚世帯と、高齢化世帯の二種類。どちらも儀礼への関心は低そうです。その結果、私は、日本人の生活の中の宗教は希薄化する。いわゆる宗教性を持って、いろんな宗教団体と関わって行われていた儀礼っていうものが、だんだんと行われなくなる、ということだろうというふうに思っております。

生活定点

上図は生活定点と言われる、博報堂がやっている調査ですね。東京圏と関西圏の大規模都市の回答者を中心にして行われているんですが、ご覧ください。年中行事だけ引き抜いてきたんですけれども、1992年から現在まで実施率が減少しております。特に集団性を伴うようなものがコロナでもダメになった。急速に落ちているのは「町内のお祭りに行った」なんです。それ以外にも、お盆、お彼岸の墓参りですね。それから、秋のお彼岸、春のお彼岸もです。確かに近年大きく下がっているわけですが、減少傾向自体は以前からでした。

日本人の宗教生活の非常に根幹部分に関わると言われてきた祖先崇拝は段々と抜け落ちていく。様々な儀礼文化も、子どもさんのいるご家庭で、子どもさんを中心に年少期の儀礼は盛んになったけれども、子どもも大きくなるとなかなか行われなくなる。そして高齢者になると、還暦以降の通過儀礼は想定されていなかったので、確かに喜寿や白寿といった年祝いはありますけども、自然に行われなくなる。しかも単身者で身体が段々と動かなくなる、不自由になっていくと、通常の一般に行われていた年中行事もしにくくなるのかなあ、というふうに考えております。

私の発表は一応これでお仕舞いにさせていただきたいと思います。ありがとうございました。

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