2012年4月26日‐28日、庭野平和財団主催、第五回水俣地元学現地学習会を実施

庭野平和財団は、その創立30周年記念事業の一環として、2008年より水俣地元学現地学習会を実施しました。参加者は、宗教者が中心で、今までに合計約90名の参加者がありました。

庭野平和財団では、その活動のテーマである「宗教と平和」を具体化する哲学の一環としてGNH(Gross National Happiness = 国民総幸福量)を取り上げております。GNHの哲学を日本で実践している例として水俣地元学を、一人でも多くの宗教者に学んでいただきたいと考え、このプログラムを実施してまいりました。

4月26日、羽田空港より鹿児島空港経由で水俣市に移動し、市内の想思社にて、吉井正澄元水俣市長(1994年‐2002年)からテーマを「水俣病のあらましとその克服」とした公園をいただきました。

吉井氏は、その市長時代の課題を二点挙げられました。一つ目は水俣病問題の解決、二つ目は、水俣病の発生により破壊された水俣共同体の再生、でした。1994年市長に就任すると町のコミュニティーの再生・修復からその仕事を始めました。その第一歩として、崩れてしまった民間の連帯を立て直すために「もやい直し運動」を始めました。
さまざまな取り組みの結果として、市民によるしのマスタープラン作りが始まりました。それまでの水俣は、大都市追従型の個性のない街づくりを目指していたが、個性(「水俣病」)に立脚した街づくりのマスタープランを市民委員会が行いました。新しいマスタープランは工業・観光を中心とした街づくりから、環境都市水俣へと転換されました。

吉井氏の講演の後、「チッソ」の工場、水俣湾親水護岸にある水俣病慰霊の碑を見学し、想思社の担当者から説明を受けました。

4月27日、水俣市頭石(かぐめいし)地区の「村丸ごと生活博物館」を訪問し、「同生活博物館」に関する簡単な説明を受けた後、現地学習として、徒歩にて村の見学の途中で、田植えを準備中の村人と話す機会を得ました。

その後、村の集会場にてお母さん方手製の土地の食材を使った昼食を頂きました。小憩の後、「博物館」設立の経緯や村での実際の活動とその成果、課題などの説明が行われ、主として村での活動に関する熱心な質疑が行われました。

現地学習後、宿舎に戻り、水俣病患者である荒木洋子(水俣病患者連盟副委員長)氏からご自身やご家族の体験そして水俣病の今後に関するご意見をうかがいました。

4月28日、宿を出発する前に、当財団野口専務理事を中心として、二日間の体験についての発表と質疑を行った後、水俣市公民館に移動。公民館で「水俣市立水俣病資料館」元館長、地元学ネットワーク主宰の吉本哲郎氏から氏の提唱する「地元学」に関する講義をいただきました。

水俣市では、市と住民、事業者が協働して新たな街づくりに成功したが、そこには、地元のことを、地元の人が、外の目を借りながら、自らも調べ、考え、創る(モノ、地域、生活づくり)をする地元学がありました。地元学とは、地元の豊かさに気づくための手段であり、「ないものねだりではなく、あるもの探し」を通じて、問題解決ではなく、価値の創造をめざすものです。

「環境都市水俣づくり」をめざして、水、ごみ、食べ物に気をつけ、水俣病の犠牲をムダにしない、を合言葉に、「元気村女性会議」、「地域通貨もやい」、「村丸ごと生活博物館」などさまざまな活動を展開しました。

その結果、『水俣市は、平成4年に日本で初めての「環境モデル都市づくり宣言」を行い、ごみの高度分別や水俣独自の環境ISO制度など、市民と協働で様々な環境政策に取り組んできました。昨年7月、これまでの実績と今後の取り組みの提案が評価され、国の環境モデル都市(全国13都市)に認定されました。』(水俣市広報より)

その後、吉本氏は水俣地元学の手法を三重県の村落の再生や沖縄県の村落ばかりかいくつかの外国の村やコミュニティーの再生に応用しておられ、それらのケースについても紹介がありました。

吉本氏の講演後、水俣市より鹿児島空港に移動し、空港にて今回の現地学習会を無事に解散いたしました。