報告 「2021年度 新型感染症が与える影響と市民社会 連続セミナー」第4回


『第1回から第3回の総括と、今後求められる視野・取り組み』

 

当財団主催「新型感染症が与える影響と市民社会(2021年度)」の第3回「今回の事態を受けた宗教者の対応の推移」が、7月14日、オンラインで開催されました。戸松 義晴氏(全日本仏教会 理当財団主催「新型感染症が与える影響と市民社会(2021年度)」の第4回「第1回から第3回の総括と、今後求められる視野・取り組み」が、7月15日、オンラインで開催されました。第3回までのセミナーで進行役を務めた川北 秀人氏(IIHOE[人と組織と地球のための国際研究所])から総括としてのお話を伺いました。ハイライトでご報告します。

 

はじめに

公益財団法人庭野平和財団 代表理事 庭野 浩士
 

 
本日もお忙しい中でこのセミナーにご参加いただき有難うございます。このセミナーは、困難や課題を抱える人々が、コロナの影響でどのような状況となっているかについて、支援団体、助成団体、宗教者がどのように捉え、取り組んでいるかを、3回にわたるセミナーという形で学んできました。第4回の今回は、総括として、新型コロナがもたらす状況を、今後私たちはどのように考えて対応していくべきか、さまざまな角度からお話しいただけるものと思います。当財団でも新型コロナ対応に限定した緊急助成をさせていただいています。私たち自身も含めて皆が渦中にある中で、お互いに力を合わせてより良い社会をどのように作っていくか、学ばせていただきたいと思います。

 

川北秀人氏(IIHOE[人と組織と地球のための国際研究所]代表者)

これまでの社会構造の推移から、働く人に負担させるしくみの是正を
 
これまで3回に渡り、支援団体、助成機関、宗教者の対応を伺ってきました。
第1回「今回の事態の前から困難や課題を抱えた人々の状況の推移と、その人々を支援する活動・団体の対応の推移」
報告「2021年度 新型感染症が与える影響と市民社会 連続セミナー」第1 回
第2回「今回の事態を受けた助成機関の対応の推移」
報告「新型感染症が与える影響と市民社会 連続セミナー」第2回
第3回「今回の事態を受けた宗教者の対応の推移」
報告 「新型感染症が与える影響と市民社会 連続セミナー」第3回l

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックによる影響、そして、その影響を最も深刻に受けられた方々の支援を考える上では、この事態が起きる直前、2019年までの経過を再確認する必要があります。
生産年齢人口は、1994年から2019年までの25年間で約1200万人(14%)も減少しました。一方で、一時は1倍を切っていた有効求人倍率は2.5倍ほどまで上がり、人手不足感が募っています。なのに、最低賃金は300円しか上昇しておらず、先進国では最低のままです。
 
GDPは、特にリーマン・ショック後に約50兆円(10%)増加しましたが、賃金の上昇は11兆円(5%)に留まっています。残りの約40兆円は、どこにいってしまったのでしょうか。2回の消費増税、物価の上昇があり、結果として減ったのは貯蓄です。雇用者が出す給与が少なすぎるのです。90年代後半に75%ほどだった労働分配率は、2019年は史上最悪レベルの低さでした。このことが格差を増幅しています。
 


GDPは増加したが、賃金の増加はわずか。貯蓄は減少している

 
2019年以降の失業者数は約44万人で、新型コロナが流行してからは約40万人が失業しています。それにも関わらず、生活保護受給者の比率は減少しています。行政による水際作戦や、ご本人が生活保護を敬遠される気持ちの影響もあると考えざるを得ません。セーフティネットである生活保護が使われにくいことで、困窮の深刻さが見えなくなっています。一方、社会福祉協議会が窓口となっている緊急小口資金は、リーマン・ショック時に20万世帯に上って例年の10倍強と言われましたが、今、1年間で200万世帯を超えています。これは「貸付」です。生活保護を受けるのではなく、最大で200万円を借りている方がこんなにもいるのです。
 
働く人、特に不安定な働き方の人に大きな負担を強いてきた社会構造を変えないと、状況は良くなりません。低賃金で我慢するのではなく、短い時間で効率的に働くことを意識すべきです。課題を抱えている方の支援を続けることは大切ですが、制度や構造そのものを変えることにも目を向ける必要があります。
 

高齢化は第二幕へ 前期高齢者の減少と小家族化が進行
 

 
それでは、これまでとこれからはどのように違うでしょうか。大きな前提として考えなければならないのは、高齢化が「第ニ幕」に入ったという点です。これまでの高齢化(第一幕)では、65歳以上のすべての年齢層が増えていました。しかし団塊の世代が歳を重ね、2015年を境に、減少する年齢層が現れます。65〜74歳の前期高齢者が減っていくのです。前期高齢者は、町内会長や民生委員などを担う、いわばまちづくりの主役です。一方で、4人に1人が要介護3以上である85歳以上はこれからも増え続けます。また、若い世代の賃金が抑えられている今の状況では、政府自身がすでに認めているように、「若い世代が高齢者を支える」という社会保障制度の前提が崩れてしまっています。
 


要介護者の割合が少ない前期高齢者は減少する一方で、85歳以上が増加

 
もう一つ心配なのは、世帯人数の減少です。2020年の国勢調査速報では、私の予測を上回るペースで進行しており、特に東京23区では、すでに全世帯の半分が一人暮らしです。高齢化に加えて「小家族化」、所得が増えず格差が拡がり、さらに「孤立」が重なっています。

 


東京23区の独居世帯率は、2020年には50%を超えたと見られる

 
産業別の就労人口も大きく変化してきました。かつて多かった製造業で働く人は約2000万人から約1400万人へと減少し、日本で今もっとも多くの人が働くのは、福祉業界です。しかし福祉業界は低賃金が課題となっています。高齢化はさらに進み、要介護度の高い85歳以上は倍増するのに、これでは維持できません。高齢者が持つお金が地域に回る経済システムを作り、福祉に従事する人にお給料を出せる仕組みにする必要があります。
 

未来に備え、社会経済モデルの再構築を
 
昨年、コロナは未来を「予現」すると申し上げました。日本の人口の11人に1人が85歳以上になるのは、2035年。これからたった14年間で、そのような社会に備えなければなりません。増加する空き家や、高齢者の移動や買い物の困難など、日本は「課題先進国」です。「課題”解決”先進国」になるためには、リスクを避けたがる日本人の安全至上主義を少しレベルダウンして、「実験」「挑戦」をしていく必要があります。チャレンジや実験を大切にしない国に、イノベーションは起きません。

 

 
今回の事態への対応は、昨年のような緊急救援や生活基盤の支援の段階から、社会経済モデル再構築の段階へと移行しています。今後、NPOや社会事業家に求められるのは、寄付を集めるだけでなく、お互いに連携してプログラムを開発すること。宗教者には、くらしの変化を織り込んで、「育・働・老・死」を支える信仰や共同体になることが期待されます。そして助成機関には、調査や社会実験に焦点を当てた助成プログラムが不可欠です。緊急段階から次の段階に移るとき、誰も確実な手法や明確な仮説を持ちません。そのため、調査や分析で仮説を導くこと、そして手法を確立するために社会実験することが求められます。これまでの助成機関ではあまり実施されていない点ですが、新しい時代に備えるためには必須不可欠です。
 


社会的インパクトを求めると「普及・展開」のフェーズに注目が
集まるが、「調査・研究」にも投資が必要

 
 

質疑応答

Q:
地域の居場所づくりにおいては、主体的な参加のプロセスが大事だと思います。自発的な動きを促すために、どういった支援施策が必要ですか?
 

 
 
 
 
 
川北:
「小規模多機能自治」(IIHOE)が必要だと考えています。行政や企業、NPOや外部から訪れるコーディネーターに任せるのではなく、従来の自治会や町内会の領域を少し広げて、生活必需サービスを担っていくのです。地域の居場所が失われてきたのは、目的別に集まることになったから。つまり、福祉、防災など行政の縦割り分野ごとに、地域活動が分かれてしまったからです。縦割り分業をやめて、住民のくらしに適した形に横断的に再編する(横串を刺す)と、複数目的で使われる地域の居場所が、自ずと生まれます。小規模多機能自治の先進地域に聞くと、子どもが使いやすい拠点にすることがポイントで、コミュニティへの子どもの参画を促すことにもつながっています。
 
 
Q:
生産年齢人口が減っていくなかで、今後どんな分野の人材育成が急務でしょうか?
 

 
 
 
 
 
川北:
分野や業種の専門性は、これまで同様、技術革新によって上書きされていきます。ですから、分野で特定するよりも、どんな機能や役割を育てるかが大切です。伸びていく組織には、複数の専門性を持って世代や文化を超えて相手の力を引き出せる方がいます。英語で言えば、”trans-boundary”、”trans-disciplinary “。いわば分野をまたぐ「通訳」です。今、工業系の大学でもコミュニケーションの授業があるように、対話の力を教えていくことが、とても大切です。
 
 
Q:
NPOや社会事業家がお互いに連携してプログラム開発をするためには、どのようなステップが考えられるでしょうか? また、どこが主体となって動くのでしょうか?
 

 
 
 
 
 
川北:
事業が安定している団体と、そうではない団体では、やり方が異なります。事業が安定している団体ならば、苦戦している団体と連携し、自団体として何をサポートできるのかを考えるのがよいでしょう。反対に、安定していない団体ならば、コロナ禍でも利用者が増えているなど好調な団体を見に行き、そのお手伝いをすることを強くお勧めします。利用者の困りごとが何なのか、どう対応しているのかを知ると、必ず参考になるはずです。自分たちが貢献できる事業の種が見つかるかもしれません。中間支援機関がつなぎ役をする例はあまりないので、連携したい団体に対して「手伝わせてください」と自ら尋ねると良いと思います。

 
 
おわりに

公益財団法人庭野平和財団 専務理事 高谷 忠嗣
 

本日は、川北さんの悲鳴に近い叫びを聞いた思いがしています。汲むべきものたくさんありましたので、よく噛み砕いていきたいと考えております。閉会にあたり、4回に渡ってご登壇いただきました皆様、ご参加いただきました皆様に心からお礼申し上げます。ご参加の皆さんには現場にお持ち帰りいただいて、これからのご活動や生き方にお役に立つ機会になっていれば幸いです。ありがとうございました。